
M4シャーマンについて
第2次大戦中に最も数多く生産され、連合軍を勝利に導いた戦車がM4シャーマンです。その生産台数は5万輌近くにのぼり、アメリカ軍だけでなく、イギリス連邦諸国や、ソ連軍、国民党軍などにも供与され、連合軍の勝利に貢献したのです。
M4シャーマンはその前身であるM3中戦車のシャーシを流用し、当時のドイツ戦車に対抗しうる75mm砲を旋回砲塔に搭載する主力戦車として開発されました。M3中戦車は主砲こそ75mm砲を搭載していましたが、開戦直前の逼迫した状況のなかで開発に時間のかかる旋回砲塔を断念し、車体に搭載することで場つなぎ的に投入されたのでした。M3中戦車は1941-42年の北アフリカ戦などで、その役割を果たし、その間アメリカはM4の開発を進めました。1941年末にはM4の開発は終了し、最初の量産型であるM4A1が42年2月より、量産に入りました。
M4シャーマンは基本車体の設計が共通で、大量生産を可能にする為、異なる4つのエンジンを同時に採用し、この違いによってM4、M4A1からM4A4まで5つのタイプが並行して生産されました。M4シャーマンの多くが連合国に供与されましたが、運用側のエンジンの規格を統一させる狙いから、アメリカ陸軍では航空機のエンジンを搭載したM4とM4A1、ガソリンエンジンを搭載したM4A3を主力に使用し、ディーゼルエンジンを採用したM4A2とトラックのガソリンエンジンを5つ同心円状に合体させたM4A4を英連邦向けに供与しました。またソ連軍向けにはT34と同じディーゼルエンジンを使用していたM4A2が供与されました。
主砲は当初75mm砲が搭載されましたが、戦場がヨーロッパに移ると、強力なドイツ戦車に対抗する為、対戦車戦闘向きの76mm砲を搭載されたタイプが生産されました。76mm型は米軍ではM4A1とM4A3に採用され、ソ連軍向けにM4A2でも生産されました。また米軍では歩兵の火力支援用に105mm榴弾砲型を採用し、M4とM4A3に搭載されました。イギリスでは対戦車砲として非常に優秀な17ポンド砲を搭載できる戦車の開発を急ぐ必要から、M4A4とM4の車体を流用し、75mm砲塔を改造して17ポンド砲を搭載したファイアフライ(蛍)を配備しました。
また初期型の車体は弾薬の防御が不十分で、M4A4を除く各型に車体前方のデザインをリファインし、弾薬箱を水で囲う湿式弾庫を搭載した新型車体が採用されました。
相次ぐ改良の結果、車体重量は76mm砲型で当初より3t程増加し、足回りを強化する必要が生じたため、キャタピラの幅を広くし、サスペンションのスプリングを水平にして強化した水平懸架式(HVSS)が採用されました。
76mm砲塔とHVSSを装備したM4A3シャーマンはイージーエイト(M4A3E8)と呼ばれ、戦後も朝鮮戦争や自衛隊でも採用され長く使用されました。
最終的にM4シャーマンシリーズは総計49234輌が生産され、連合軍を象徴する戦車として歴史に名を残したのです。
M4シャーマン実車写真
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| M4 75mm砲搭載初期型 航空機用の星型エンジンを搭載したタイプで米軍で主に使用。写真は防盾幅の狭い初期型 |
M4A2 75mm砲搭載型 ディーゼルエンジンを搭載してイギリスやソ連、アメリカ海兵隊などで使用されたシャーマン |
M4A1 76mm砲搭載型 A1は最初に量産されたタイプで車体は鋳造製。エンジンはM4と同じ航空機用の星型エンジン。写真は後期の76mm砲搭載型 |
ファイアフライXC 17ポンド砲に換装したイギリスのシャーマン。写真はA4車体のXC型。製品紹介と実車解説はこちら |
